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志村けんという男(志村けんさんを偲ぶ)

私は「さん」づけすることによって逆に馴れ馴れしくなるというか

敬意が薄くなるように感じるのであえて呼び捨てで行かせていただきます。


志村けん

私の中で最も笑わせてもらった芸人さんです。


正直彼の死を受け止めきれずに、あえて触れないようにしてきましたが

ようやくそろそろ語りたいなと思えるようになったので(いまだ引きずってはいます)

今更ながら思い出を語ろうかなと思います。


あ、もちろん面識は一切ありません。

テレビで拝見するのみでしたが、勝手に楽しかった思い出を語るだけです。すみません。



これを言うとある程度の年齢がばれてしまいますが

まあ私の実況動画などを見ていれば予想はついているとは思いますので

覚悟してお話ししますが、気づいても知らない振りをしてくださると助かります(笑)


「志村ー!うしろうしろー!」

こんな有名な掛け声がありました。


当時、『8時だョ!全員集合』というTBS系列で放送されていたテレビ番組があり、

16年続いたこの番組のほとんどは生放送の公開舞台だったという

恐るべきお化け番組です。

最高視聴率は驚異の50.5%!!

国民の半分は見ていたことになります( д) ゚ ゚


まああの頃は今ほど娯楽が少なく、夜の楽しみと言ったらもっぱらテレビで

今よりも過激な放送も許されていましたから

老若男女テレビにかじりついてたものです。

そういう背景を考えてもこの視聴率はお化けだと言わざるを得ませんね…


その生放送の舞台の中で、志村けん属するザ・ドリフターズ(通称ドリフ)の五人が

時にお母ちゃんと子供たち、時に剣道の師範と弟子、時にお相撲さんなど

ありとあらゆるシチュエーションでコントを繰り広げてました。


中でも思い出深いのがホラー系です。

まだ小さかった私は腹を抱えるほど笑いつつも、そのホラー演出で

しばらく夜トイレに行けなくなりました(笑)


そのホラーの中で定番となったのが「志村ー!うしろうしろー!」です。


公開舞台ですので当然観客が何百人と見ていまして

生の笑い声はもちろん、時にはヤジる声までマイクに飛び込んでくるわけです。


コントの中で志村けんは大ボケ担当が多く、大体一人になってしまいます。

五人でいるときには何も起きなかったのに、志村一人になったとたん怪奇現象が起きるわけです。

後ろにいるミイラが動き出したり(!)背後を幽霊がすーっと通ったり(!?)

当然志村は一切気づきません。


でも観客にはもちろん丸見え。

特に子供たちは恐怖もあるから軽くパニックで

「志村ー!(なんで気づかないの!?馬鹿なの!?)

 うしろうしろー!(早く後ろを見てよ!幽霊がいるってば!!)」

と叫んだわけです。


いつからかこの一連が定番となり、

子供たちも(そういうものか)とだんだんと理解していき

笑いながら「うしろうしろー!」と叫ぶようになった?とか(笑)


どこかの記事か本で見ましたが当時を振り返り志村けん

「うしろうしろ、ってわかってるって言うの(笑)

 こっちは何十回も稽古してるんだから」(セリフはうろ覚えです)

ってリーダーのいかりやさんの厳しさに対して皮肉交じりに言ってましたね。


その頃から私の中では「志村けん」はもう偉大な男でした。

彼の出てくる番組はなるべく録画して何度も見返してみたり

録画を忘れた母に八つ当たりしたり^^;

もう彼無しではいられないほどのめりこんでいきました。


あれほどのお化け番組だったドリフの放送も終わり、

しばらくは志村けん加藤茶という(私の中の)ドリフツートップによる

コント番組もありましたが、そちらもだんだんと時代の波で終了していきます。


それでも志村はドリフのコントから生まれた超有名なキャラ

バカ殿様

をつい最近まで続けましたよね。

これを伝説と言わずなんて言いましょうか。


お笑いに詳しくなくても、ギャグなどを知らなくても

志村けん」「アイーン」というのは誰でも知っているほど有名でした。


ちなみにこの「アイーン」、たいていの人は間違えています。

そういうのを見るたびに残念に思っていましたが

大人になってからは「またかはいはい」と流せるようになりました^^;


特にアイドルの子などがやっていると大体間違えているのですが

あごの下に手を置くのではなく、

あごの下に肘を置くイメージです。

手じゃなくて肘。

(体勢は苦しいので手と肘の中間くらいになりますが…)


志村って男は誰もが認めるほどの大御所になったのに

それでも若手に敬語を使うほど丁寧な人でした。

逆に言うと極度の人見知り。恥ずかしがり屋だったと聞きます。


私の勝手なイメージですが、怖がりでもあったんじゃないかな?

なのでリーダーのいかりやさんの前で予定外のボケを入れてみるのですが

結構本気で怒りだすいかりやさんに対して

「怒っちゃやーよ!」とおどけつつ謝っていました。


その時のポーズがまさにこれ。アイーンです。

おどけたポーズですが、自らをガードするようにしてたのかなと

心理学に詳しくない私が想像していました。

同時に体も横に仰け反り、少しでも距離を取ろうとしてましたし。

メガホンなどで殴られるのをガードする意味もあったと思います。


そのうち変顔もつけるようになり、(加藤茶と一緒にやること多し)

その時の口がまさに「あいーん」という口だったわけです。


本人ではないので絶対これが正しい、というわけではありませんが

私はあそこから来ていると思ってます。

志村本人も「あれはギャグじゃないから」って最初のころは言ってたと記憶してますし。


若手にも敬語を使うと話しましたが、

感動するような話もいくつもありました。


本当なのかネットでの噂なのでわかりませんが、

あるときテレビ局に見学に来た子供に「あ、変なおじさんだ!」と

志村けんを指差して言われたそうなんです。

どんな返しをするのかと思ったら

「違うよ」

と。


え?と周りのスタッフ(?)が凍り付きそうになった時

「ちょっと待っててね?呼んでくるから」

と楽屋に入っていく志村。


しばらくしたら「変なおじさん」のメイクと格好に着替えて出てきて

「呼ばれてきたけど君かい?」

と大いに子供を喜ばせたという。


正直、これは脚色されているかよくできた作り話だとは思っていますが

こういう人物なんだろうな、という不思議な安心感があります。


多分女性と遊びたくて仕方なかった一面も持っていながら、

一方でお笑いには本気だったと思います。


いかりやさんの家の前で雪の中12時間も待ち続けて

ようやくドリフの弟子になった志村けん。(加藤茶の付き人に)

ついに正式なメンバーに認められて、いつの間にか加藤茶を追い抜く勢いに。

加藤茶や他のメンバーは当然悔しい思いもあったでしょう。

それでも一緒になって面白いコントを続けてくれたことに感謝しています。

私は加藤茶志村けんの二人のコントが何より大好きでした。


途中「志村死亡説」が流れたりしつつも^^;(あまりにもテレビで見なくなって噂が流れた)

最近まで精力的にコント番組や舞台も続けていたと聞きます。

(コント番組は最近まで録画してずっと見てました)

さらに俳優業にも力を入れるところだったと。

先輩いかりやさんのように渋い俳優さんになったんだろうなぁと思います。

すでに演技ではかなり評価されていましたよね。


今更ながら、そして一ファンの勝手な戯言ながら

このままだと志村愛が溢れすぎて止まらなくなりそうなので

ここで一旦締めたいと思います。

志村けん。今までありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

いつかそちらに行ったときにまたテレビで楽しませていただけることを

心より楽しみにしております。

志村けん

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